【color 2】
「サンキュ」
青年が感謝すると男はいーえ、と軽く返した。
「君、名前何?」
「…高橋晃一。そっちは?」
「椎名春樹」
「サンキュ、椎名」
晃一と名乗った青年はまた感謝をした。
春樹と言う男はそこで微かに目を見開いて驚く。
しかし晃一がそれに気づく余裕はなく、いや、もし晃一が正常の状態だったとしても気付ける人間はそういないだろうが、痛みに顔を顰めたまま春樹に身体を預けていた。
「どーいたしまして」
春樹は大分遅れた返事をしたが、晃一は気にすることなく何処か擽ったそうに笑った。
春樹というこの男はとても整った顔をしていた。
知的な眉と目に、スラッとバランスのいい顔立ち。
やる気のなさそうな顔がまた何とも言えない味を出していると言ってもいいだろう。
対する晃一も相当綺麗な顔をしていた。
サラサラの黒髪に、少し大きめの瞳、長い睫、格好良いというよりも綺麗な顔立ち。
多少の傷があっても、その綺麗さは損なわれてはいなかった。
それから暫く大した話もせずに歩いていると、すぐに晃一の自宅が見えてくる。
「家此処?」
「そ、もう平気だから。マジありがとな」
晃一は春樹の肩から手を離そうとしたのだが、春樹はそれをさせずに引き止めた。
「?」
「いいよ、歩けそうにないんだろ?」
その言葉に晃一は暫く立ち止まって考える仕草を見せた後、
「……わりぃ」
小さく呟くとまた歩き出した。
その顔はぶすっとしているが少し嬉しそうだった。
コツコツと階段を上がり晃一の部屋、201号室へ着くと、晃一は気休め程度の鍵を開けた。
「上がれよ、お礼に茶出すから」
少し回復したらしい晃一は、春樹を離れてキッチンに向かった。
春樹は腕時計の針が3時30分をさしているのをチラッと横目で見てから晃一の後についた。
「一人暮らしなんだ?」
春樹は晃一の煎れたインスタントのお茶に口を付けて、意外そうに呟く。
「あぁ、うん」
晃一は慣れた手つきで、けれど不器用なのか要領悪く腕や腹の傷を消毒しながら答えた。
「へーき?」
見かねたのか心配しているのか、春樹は「貸して」、と晃一から消毒液を奪った。
「…椎名って優しいのな」
春樹は晃一よりはるかに能率よくテキパキと傷を消毒していく。
「そう?」
「こんな訳分かんないガキに手貸してくれると思わなかったし、何があったとか聞かねぇし…、つかこんな時間までホントごめん…」
晃一は本当に申し訳なさそうにうなだれた。
それを見た春樹は一瞬、手の動きを止めて晃一の方をじっと見る。
その表情からは感情は読みとれないが、すぐに優しそうに微笑した。
「いいって、明日休みだし、いつもこれくらいまで起きてるから」
「…うん」
まだ浮かない顔をした晃一に春樹は少し苦笑して、すぐに話題を変えた。
「お前トシ幾つ?」
「ん?あー…じゅーしち」
「あ、偶然。同い年」
はい出来たよ、と最後に絆創膏を貼って消毒液の蓋を閉じた。
「…っっっえぇぇ?!!」
暫くの間の後晃一は後方に後ずさする。
「…はい?」
「同い年??!」
晃一はそのまま軽いパニックを起こして目を剥きながら春樹を見た。
「そんな意外?」
初めは驚いていた春樹だったが途中からクスクスと笑い出し、それが意外に格好良くて晃一はまた驚いた。
「…意外。絶対20歳過ぎかと思った。」
「そんなに老けてるかねぇ」
春樹は自分の頬を軽く摘み、引っ張りながら「うーん」と何度か唸る。
それを見て少し笑った晃一が言った。
「老けてるっつーか…つまんねぇって顔してるから、大人なのかと思った」
「―――…」
晃一の言葉に春樹はまた目を見開いて驚いた。
普段の春樹なら何かに少しでも驚く事すら稀な事だったりする。
なのでこんな表情見たことのある人はかなり少ないのだが、晃一はそれを知らない。
春樹がこんなに驚いたのは、多分、
「椎名?」
黙ったままの春樹に、何故か何処か不安に駆られた晃一が春樹の顔を覗き込む。
すると春樹は晃一の煎れたお茶を一口啜って、
「…このお茶、美味しいね」
一人和んだ。
「……はぁ?」
見事に折られた話の腰を、戻す気も失せるくらいの春樹の和み具合に晃一は思わず吹き出した。
「ワケ分っかんねぇー」
その笑顔が非道く鮮明で、春樹は首を傾げた。
感情に名前を付けるのを随分昔に止めてしまったので、今感じたことを何て呼べばいいのか分からなかった。
痛い?
「あ。そろそろ家帰んなきゃ」
ふと落とした視線に腕時計が入り4時になってる事に気付く。
二人共腰を上げ玄関まで行くと、晃一が言った。
「何か本当にありがとな」
怪我に気をつけてとか、早く治しなよとか、春樹は元々気の利いた言葉を社交辞令でも言えない質なので、思った通りの簡素な台詞を返した。
「うん。じゃあね」
黒髪の綺麗な顔をした高橋晃一と名乗った青年は、とてもメジャーな、そして途方もなく不確かな約束を口にした。
「またなっ」
社交辞令とか、もう会わないだろうと予期した言葉ではなくて、
純粋に、
また会えたらいいという願いを込めた約束。
扉が、閉まった。
扉の前に立ち尽くした青年は、何故か暫くの間動けないでいた。
「いや、…お前スゴいよ」
そして青年はその言葉を残して、
家路を急いだのだった。
夏休みになってやっと更新したかこの野郎。
はじめに宣言しましたが、ホントに更新遅いな自分…。
うーん。話は殆ど出来てるのに何故なんでしょうね?(笑)
(2004.8.12)
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