『一日目』


少年がいつもの散歩コースを歩いていると、川辺に横たわる草色の物体を発見。

なにかと思って近付いてみれば、漸く人だと解る。

その人間は全身草色の隊服で、頭には隊章のついた帽子を目深に被っていた。

それはどう見ても兵隊の出で立ちだったが、少年は妙な違和感を感じずにはいられなかった。

兵隊といえば畏怖の対象であり、硬い表情にきちんとした服装で、腰に銃を引っ提げて威張っている。

そんな印象が強い存在だった筈だ。

それに比べてこの兵隊は、眠そうに頭の後ろに手を組んで寝転んでいる。


何だか身近な感じがした。


好奇心をそそられて更に近づくが、兵隊が気にした様子は無い。

こんな処を大人たちに見られていたら確実に止められていただろうが、幸いお昼時だったので誰もいなかった。

「……ねぇ」

恐る恐る顔を覗き込んで声を掛けてみる。

すると兵隊は無表情、というより眠そうだった顔を驚かせた。

しかしすぐに見開いた目を元に戻す。

その間、一切兵隊は目線の先を変えない。

兵隊は終始、空を見つめていた。

「何、してるの?」

兵隊の反応は無い。

どうしようもなくてよくよく観察してみると、歳はそんなに取っているようには見えない。寧ろ若いのだと思う。

隊服を着ているのだから兵隊なのだろうが、仕事をしているようにも見えない。

少年はそんな事を考えながら暫く突っ立っていた。

そうしていると兵隊は怪訝そうな表情になり一瞬だけ此方に目を合わせると、

「座れば?」

そう言ったのだった。

これ以上の会話が成立するのだろうかと軽い眩暈に襲われながらも少年はめげずに話しかけ続けた。

そして兵隊も少しずつではあったが反応してくれるようになった。



「仕事、してんの」

「…これが?」

「これが。」



「何の仕事?」

「空、見てんの」

「…それだけ?」

「それだけ。」



日が暮れてきて少年が帰ると言うと、兵隊はあっさり「じゃあな」と言った。

そしてコレやる、と液体の入った硝子瓶を投げてよこした。

「?」

ラベルの部分を見れば、”曹達水”の文字。

「えっ!くれるの??」

「おー」

曹達水は少年の大好物だった。

しかし高くて半年に一回飲めるか飲めないかというもので、こんな機会滅多に無い。

異国の貴重な飲み物。甘くて、喉が痺れる水。不思議な水。

「ありがと兵隊さん!またねっ」

兵隊は空を見上げたまま軽く右手を上げて手を振った。

少年はしっかりとその瓶を握り締めた。

明日も行ったらいるだろうかという期待を込めて。