『七日目』


母は仕事でいないし、一人で家にいるのも退屈だから。

留守番を放り出していつもの川辺に行けば、あの黒い影が見えてきた。

少年は此処に来た言い訳を瞬時に考えると、その影の名前を呼ぶ。

「兵隊さんっ」

兵隊と呼ばれた黒いそれは、少年の声に振り返りもせずに答えた。

「また来たのか、暇だなガキ」

少年はちょこんと隣にしゃがんでその顔を覗いてみる。今日も眠そうなんだろうな、と予想済みで。

少年の予想通り、今日も兵隊は半眼で眠そうに灰色の空を見上げていた。

「そっちこそ、今日もサボりじゃん」

暇とガキという言葉に少年は頬を軽く膨らませて見せる。その動作は子供そのものだ。

その矛盾に本人は全く気付いてないから面白い。

兵隊は少年に隠れて口の端を吊り上げた。

「俺は仕事だっつの。」

この光景を見てその言葉を信じる人は果たして何人いるか。

頭の後ろに手を組んで寝転がってちゃ説得力の欠片も無い。

欠伸を噛み殺してる兵隊を横目に、少年はその言葉を飲み込んだ。

「ねぇねぇ、今日も持ってきてる?」

年相応な声と仕草で少年は兵隊に尋ねる。

その大きめの瞳を輝かせながら。

「やっぱそれが目当てかよ…」

そう言って兵隊は麻布の汚れた袋を空に目を向けたまま取り出した。

「…ガキ、上。」

そして最近の日課になってしまっている科白を棒読みすると、漸く空から目を離す。

「はぁい」

声を1トーン上げて、言われた通りに兵隊が先刻まで見上げていた空を眺めた。

「毎日見てて飽きないの?」

瞳に映る空は今日も灰色。
確か昨日も一昨日も、その前も灰色だった。
青い空なんてもう何年も見ていない。

「…まぁ、仕事だしな」

それはとっくに飽きがきてるって事ですか。

「…ふぅん。」

ならどうして、こんなこと続けているのか。

少年はそれについて特に言及する事はなかった。

聞いてしまったら、この時間が終わってしまう気がしていたから。

「ほら、もういいぞ」

そういって兵隊は少年の方へ取り出したものを放った。

コロコロと液体の入った硝子瓶が地面を転がる。

そして重力に従って川原の坂を転がって川に落ちていきそうになるそれを、少年はすかさずキャッチして顔を綻ばした。

その液体は、曹達味。

「へへっ。ありがと」

背伸びしているくせに単純なのはやはり子供だ。

「おー。」

返事をした時、既に兵隊は思考を途切らしていた。

この空返事に初めは少し寂しい気持ちになったが、最近はもう慣れてしまった。




この年齢不詳の兵隊に出会ったのは丁度一週間前。
日々の日課である散歩をしていた時だった。