同じことをもう何度繰り返しているのだろう。いつも堂々巡りになることは分かりきっているはずなのに。この小さい街でその姿を探し出して、実際は家に押しかけてることが多いけれど、律義に毎回扉を開けてくれる身体を抱き締める。

「何」

そうするとあんたは短く答えて容赦なく手を上げようとする。それを無理矢理押さえ込んで腕の中の体温を確かめた。七日ぶりの温度。
仕事を放ってあんたに会いに行ってしまおうかと何度考えたことか。仕事なんか無くなればいいと思うが、生活の糧だということは曲げられない事実。この葛藤に打ち勝ってやっとこの心地よい温かさを感じることができた。
そんな僕たちは恋人同士でも何でもない。もっと言えば友人ですらないのかも知れない。僕としては恋人という関係を望んでいるところなのだが、あんたの態度を見てると残念ながらそれは有り得そうもなかった。

「ユウ不足」
「死ね」

聞かれたから答えたのに死ねはないんじゃないですか。
そう言うともう一度「死ね」と返ってきた。どれだけ僕が傷ついているか、あんたは知らないんだろう。つまりそれはあんたをどれだけすきで大切かも、知らないってことだ。あんたのその言葉は、現実に僕を呼吸困難にさせる力を持っているというのに。どうしたらわかってくれる?
未だに胸を押し返そうと抵抗するのでその右手を捕らえて先程より少し強く抱き締める。

「ごめんね、あとちょっとでいいから」

あんたは優しいから、そう言うと真剣なのと困っているのと悲しそうなのとが混ざったような、ひどく複雑な顔をして僕をしばし見上げる。そうして漸く諦めて、小さく溜め息を吐いてから身体から力を抜くんだ。
卑怯なのだということくらいは自覚している。甘えていることも。嫌がるあんたを無理に抑えつけてあんたの体温と髪の匂いと肩の細さを確かめないと生きてることが実感できないなんて、間違っていることも。
本気で抵抗できないあんたに甘えてるんだよ。

「すきだよ」
「…へぇ。」

どんなに僕が愛の告白をしようとあんたはいつも何でもないことのように流してしまう。前は迷惑極まりない感じとか困っているだけだった。しかし最近状況は悪化している。気を抜いたら見逃してしまう程一瞬なのだが、泣きそうな、傷ついたような顔をする。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
僕が離さないでいると居辛そうに僕の胸から二の腕に手を移動した。それから息苦しいのか顔を上げて小さく息をもらす。この手が僕の背中に回されたことは一度としてない。

「ユウは?」

毎回同じ答えが返ってくると分かっていながら、僕はこの押し問答をやめられないでいる。だってあんたはわかってない。

「すきじゃない」

はっきりとそう言って顔を外の方に逸す。この台詞が返ってくるとわかっていても僕の胸は抉られるように痛んだ。結果はいつもこうだ。堂々巡りの末に僕が傷ついてまた振り出しに戻る。いい加減に諦めたら良いのかも知れないと自分でも思うのに、限りなく0に近い期待を捨てられないでいるのだ。その期待すら僕の勝手な思い込み、自惚れ。僕が此処に来るのを許すのはあんたが優しいからだ。それ以上でも以下でもない。

「ねぇ、ユウも僕を好きになってよ」

答えは返ってこない。ねぇ、と艶のある黒髪に指を通す。そのまま髪を透いてやると僅かに身体を震わせて反応した。それでも顔をこちらに向けることはしない。それを否定と受け取って続ける。

「じゃあどうして大人しく抱き締められてるの」

そこでぱっと僕の顔を見上げ大きく見開いた目を合わせた。しかしすぐに視線を下げて何か言いたそうに唇を噛んで眉を寄せる。何度か口を開きかけてやめた。一瞬だけ、傷付いたような泣き出しそうな表情を見せた。それは僕の心臓も締め付ける。そうしてやはりいつもと同じ台詞を繰り返すのだ。





「すきになんてならない」





あんたは残酷な言葉を平気で言うんだ。優しいくせにそのきれいな顔で僕の精一杯を一蹴する。僕がどれだけ傷ついているか知らないんだろう。僕がどれだけあんたがすきでたいせつか、知らないんだろう。心が冷えて呼吸を忘れそうになる。内心慌てて酸素を吸い込んだ。
そしてまたいつものよう、あんたがこれ以上何か言う前にその唇を塞ぐのだ。僕だけじゃなくてお互いの呼吸を奪うように。




「傍にいてよ」








あぁ、


酸素が、足りない。





















(20080729)
 →