空に浮かぶのは真っ白な雲で、
此処にあるのはシュワシュワと音をたてる一つ120円、缶ジュースのソーダ水。


 ソーダ水


「あったかいー」

家の近くのコンビニの前、駐車場のブロックに座って隣でluckをふかしてる郁に向かって呟く。
冬の冷たかった風もいつの間にかあったかくなってて、薄着になった自分の服に春を感じた。

「春やねぇ」

郁は「ふー」っと何処が旨いのか分からない煙草のケムリを吐き出すと、年寄り臭く和みだした。

「うわぁ、爺臭」

ソーダ水を口に含んで、中でシュワシュワいってるのを飲み込む。
ブォォンと田舎っぽい軽トラが二人の前を通り過ぎた。まぁ実際田舎なんだけど。
周りは田んぼばっかだし。

「何ぃ?お前のが誕生日早いじゃん」

正面を向いてた顔が、こっちを見て何言ってんだと顔を顰める。

「違くてー、言動が」

何でこの男はこんな天性のボケなんだろう。
今更考える方が阿呆な疑問をついつい抱いてしまうのは、やっぱり、あたしも阿呆なせいだろう。

「立ち上がる時『よいしょ』とか言わんし」
「言う言う」
「えぇ?言わんよ」

郁は煙草を持ってない方の手、左手で言ってないと手を振る。
あたしは気付いてないのかコイツはと一瞬呆れて、ニ瞬後にはクスクスと笑い出した。

「何だしお前、俺はまだ20もいかない好青年よ?」

郁はしばらく目を細めてたけど、あたしがしつこく笑ってたら少し頬を緩めた。

「好青年は煙草吸わないの」

あたしにしては珍しく正論を言ってやると、郁は困った顔をしてさっきより格好よく笑った。
よく動く表情だなぁなんて頭の片隅で思いながら、でもカッコいいなぁなんて思いながら、またソーダ水に口を付けた。


「…俺は吸っていいの」


小さく呟くその言葉に自信のなさを感じてあたしが噴出すと、郁は誤魔化すみたいに立ち上がる。

「帰ろぅぜ」

あたしがつられて立ち上がろうとすると、郁はまた少し屈んであたしの右手のソーダ水を取り上げると、

「貰ったモン勝ちー」

まだ半分くらい残ってたのを一気に飲み干した。
あたしは固まってそこに突っ立ってたんだけど、郁がゴミ箱に空き缶を投げ入れると我に返って歩き出す。
空き缶は見事ゴミ箱にゴールして、落ちるときにカラカラ、と音を立てた。


「60円、払うよね?」


見上げた空は午後3時のまだ青い空で、その青に浮かんでるのは真っ白な雲。
あたしの恋はソーダ水みたいに気泡が弾ける何処までも甘ったるい恋じゃぁ無いんだけど、
今はゴミ箱の空き缶での間接キスは、この恋にちょっとだけ甘味を与えてくれるのだ。