おはよう
「…ふぅ」
深夜2時のリビングルーム、明かり一つ付けず、暗闇の中見えるのは煙草の点火部分のみ。
吸い込んだケムリが肺に溜まっていくのをしんみり感じながら思う。
自分が不眠症なのは重々承知していたが、隣の部屋で寝ている同居人に気付かれないようにリビングに煙草を吸いに来るのは久し振りのような気がした。
それは今日が終わるということは明日が来るということで、そうすれば同居人に「おはよう」と笑えるわけで、だから最近は浅くても眠りにつく事が出来ていたのだけれど。
この前デザインが変わったばかりのCABINのパッケージを眺めて、有害な空気を吐き出した。
のびてきた黒の前髪を軽く払って朝になったら切ろうと何となく決める。
冴えてしまった頭をどうしようか思案していると起きている者のいない筈の寝室のドアがゆっくりと開いた。
「…冬夜…?」
眠たそうで至極不安そうな声と顔の少女が煙草をくわえた男の名を呼んだ。
「沙耶…ゴメン、起こした?」
冬夜は少し苦い表情になって煙草を灰皿の上に揉み消した。
「ん―ん」
沙耶はゆっくりと首を横に振って否定すると、冬夜の座るソファーに近づいて、やはりゆっくりと隣に座った。
「眠れないの?」
心配そうな沙耶の声はジワリと心に響くから不思議だった。
「…一服したかっただけだよ」
余計な心配は出来るだけかけたくなかったから誤魔化す為に微笑する。
「冬夜」
「何?」
「…眠い。」
冬夜の肩に体重を預けて沙耶は頭半分で言った。
無理させたくないのにどうして自分はこうなんだろう、冬夜は自分の人間の出来て無さにそろそろ呆れたくなる。
「無理しなくていいから、寝な」
「…冬夜も」
沙耶はさっきよりも強く否定して、眠気を飛ばすように頭を横に振った。
「うん、俺も寝るから」
「ほんと?」
「ほんと」
「…おやすみ」
冬夜が沙耶の髪をそっと撫でると沙耶は安心したように身体から力を抜く。
そして冬夜は沙耶が眠りについた事を確認して寝室まで運び、自分もその隣に横になった。
「おやすみ」
また朝起きて君に「おはよう」を言う為に、
僕は静かに瞼を閉じた。