自然に綻んでくる顔だとか、やけに眩しいこの世界。
空だって跳べちゃいそうな浮遊感を、
どうやって君に伝えようか。



 ラブ アンド ピース



冬とはいえ、昼間はそれなりに気温が上がりあったかい。お昼になれば自然と屋上に誘われるのも必然的だ。
沙耶は元気良く屋上の扉を開ける。

「とぉーやっ」

そして此処に来たもう一つの理由でもある冬っぽい名前の癖に冬が全然似合わない男の名前を呼んだ。
すると屋上の隅に居座る黒い物体がむくりと動く。

「お―、もう昼?」
「うん。今日も見事にサボったね、冬夜」

自分の鞄を枕にして寝ていた物体、冬夜は小さく欠伸をして起き上がった。

「お前がノートとってくれてれば平気」
「…そういう問題じゃないのっ。怒られんのあたしなんだからね」

沙耶はちょこんと冬夜の隣に正座し、左頬のを軽く膨らます。
その表情は一般的に見ればかなり愛らしいものなのだが、いつも冬夜は笑ってしまう。
肩を震わせながら笑いを堪えている冬夜を見ることが出来るのは多分沙耶だけだろう。
沙耶はそれを自分だけの特権と気づいていないのか、更に機嫌を悪くしている。

「…あたしスゴい真面目なんですけど」
「ごめんごめん」

全く悪気のない謝罪だったが沙耶の機嫌を戻すには充分で、沙耶は自分の鞄から昼ご飯を取り出した。

「今日は誰かさんが起こしてくれなかったから手抜きね」
「…へぇ―」

そう言えば朝怒っていた気もするような、しないような。
朝の曖昧な記憶を辿って冬夜は首を傾げる。

「一回で起きなかったのお前じゃなかったっけ?」

自分の記憶にあまり自信がなかったが、一応疑問形で沙耶に突っ込みを入れておいた。

「…頂きまぁす」

冬夜の突っ込みをナチュラルに無視した沙耶は合掌して一足先に手抜きのお弁当を食す。
自分の記憶が正しかったことに安心し冬夜もそれに続くものの、内心はまだ先刻の話題を引き摺っていた。
朝は対して疑問に思わなかったが、沙耶はそんなに寝起きが悪い方ではないし、いつも冬夜が起こしに行けばすぐに起きる。
一年近く一緒に暮らしていながら例外がなかったのだから、今日の出来事はおかしいという事になる。
冬夜は厚焼き卵を摘んだ時、漸くその事実に気付いた。
何かあったのだろうかとここ数日の記憶を引っ張り出して見るけれど、特に何かあったと言うのはない。

「どしたの?」

厚焼き卵を口にくわえたままぼうっと考えていると、沙耶はこっちが聞きたい台詞を先に言う。
冬夜は返事もしないまま沙耶の額に自分の掌をあてた。

「…は?」
「熱はない…」

沙耶が理解不能とばかりに目を丸くしているが、冬夜はまた独りごちだ。

「坂上冬夜く―ん?」

反応のない冬夜に沙耶は顔を顰めて、冬夜の顔の前で手をひらひらと振る。

「…何?」

考えたところで埒が明かないので冬夜はとりあえずお昼ご飯に集中することにした。
沙耶に直接聞くという選択肢がなかったのは沙耶は聞いても多分答えないと解っていたからだ。

「いつもより2倍くらい呆けてるよ?」

不可思議を通り越して心配そうな表情になる沙耶。
相変わらずよく動く顔だと思いつつ、心配させたことを後悔する。

「へーき」
「そう?」
「そう」
「そ」

沙耶はいつの間にかに食べ終わってて、フェンスに寄りかかって寛いでいた。
空を見上げれば始まりも終わりも見えないくらい広い青。
最近は快晴続きで昼寝日和。沙耶に言わせれば朝寝らしいが。
空を見上げるなんて習慣も沙耶と一緒にいるようになってからついたものだ。

「沙耶?」

急に静かになったので不思議に思って沙耶の方を振り返ると、沙耶は膝を抱えてうたた寝をしていた。
その光景に少し苦笑して、お弁当箱を鞄にしまう。

「流石に風邪引くよ?」

立ち上がって学ランを脱ぐと、沙耶を起こさないようにしながらそれを肩に掛けてやった。
そして特に訳もなく隣に座る。
昨日はそんなに眠れなかったのだろうか?最後に見た時には既に沙耶は眠りについていた筈だけど。
何処か納得いかなくて沙耶の方を見ていると、トスッという音が近くで聞こえた。
音のした方を見れば沙耶の足元に青い包みが落ちている。
拾うと誰かへ宛てられたメッセージが留めてあった。
それを最後まで読んだ後、冬夜は暫く動けなくなってしまった。


"冬生まれのなのに傍に居るとあったかい気持ちになって春みたいな坂上冬夜クンへ
誕生日、絶対忘れてたでしょ。
沙耶"


予鈴のチャイムで我に返り包みを開けると、甘い匂いが鼻を掠める。
中にはクッキーが詰められていた。

ああ、これか。

色んな感情が混ざり合って何だかよく分からなくなった。でも自然に顔が緩むあたり嬉しいんだろう。
昨夜冬夜の目を盗んでクッキーを作る沙耶の姿が目に浮かんで、今寝不足で寝ている沙耶が目に映って、それだけでこんなに嬉しいんだ。

沙耶と出会わなければなんて考えたくない。
でもあの時あんなに壊れてた自分を沙耶が受け入れてくれてなかったら、
あの時何の躊躇もなく手を差し伸べてくれなかったら、


『帰る場所ないの?じゃあ家に来なよ』


今でもこんなに鮮明で華やぐ場所を知らなかっただろう。
目が覚めた時の沙耶の表情が楽しみで、本鈴のチャイムも気にならなかった。


手に入るワケないと諦めていた筈。
でも。
意外にも近くに居てくれたラブアンドピース。


この幸せの風景を、
どうやって君に伝えようか。